勇気づけライフの勧め195号「課題の分離は何のためにあるのか?」2017・4・24

おはようございます。アドラー東北の高橋です。
昨日は仙台でセミナーを開催しており、東北六県からたくさんの皆様に御参加いただき学びを深めていただきました。私自身も得ることの多い一日であり、本当にありがとうございました。

親の会では宮城県内のAさんにご自分の体験をお話していただき、その道のりが険しかったことをよくわかっている私でも、それを超えたAさんご自身の淡々とした語り口により感動を覚えました。

ご参加の皆さんからは当事者ならではのご質問が多く寄せられ、お子さんと真摯に向き合っていこうという姿勢がとても感動的でした。
この皆さんのお役に立ちたい、と心から感じた次第です。

「親が子どもにしてあげられることとはいったい何なのか?」

皆さんがそれぞれに思っていること、感じていることがあるとは思うのですが、今月の勉強会のテーマ「課題の分離」は、まさにこの点にありました。

一体何のために課題の分離があるのか、課題を分離するのか?です。

それは「体験から学ぶ」ためにある。

「体験を通してよりよく学んでもらうため」に課題の分離はあります。

したがって課題を分離せずに子どもの課題に親が介入することは体験の機会を子どもから奪っていくことに他なりません。

仙台の勉強会の最初に「辛かったけれども自分で乗り越え、それが今自分の役に立っているなと感じている経験」を皆さんに思い出していただいたところたくさんの経験が出てきました。

失敗を含めて多くの経験がどれだけ今の自分に役立っているか、私たちは自分の経験を通してわかっているのです。

経験しないとわからないことばかりです。これはアドラー心理学の学び全体を通しての流れでもある。他者の権利と言っていいと思う。

それを親だから教師だからといって奪ってしまうことはできないのです。
答えを教えることもしかりです。

それゆえに課題を分離する。
そうして支援する(どうしたら学んでもらえるのか?)というスタンスで見守り、いざという時には相手が学べるように力になる、協力する、という事になるかと思います。

その際にはやはり感情をコントロールできていることも大事なポイントです。
そうでないと相手は突き放されたと感じたり、罰として作用してしまったりもするからです。

いずれにしても「課題の分離」は大変誤解されやすく、自己流で便利に使われがちでもあり、この辺は今後のSMILEでの補足説明や、フォローアップの講座でも取り上げていきたいと思っております。

私自身も大変勉強になりました。ご参加いただいた皆様本当にありがとうございました。

今回もお読みいただきありがとうございます。