勇気づけライフの勧め178号「勇気づけと褒めるの違い・1」2017・3・2

おはようございます。アドラー東北の高橋です。
明日はもうひな祭りですね。今年はお雛様を出さないでしまいました。

祖父に買ってもらったお雛様ですから55年ぐらい前の古いお雛様ですが、あちらこちら部品が壊れたりしていますけど、本体はきれいなままで手元にあります。
一年に一度ぐらいは外に出してあげればよかったなとそんな風に感じています。

ケースは十勝沖地震の時に壊れてしまって一度直した記憶があります。
子どものころから持っているものってそう多くはないけれど、残っているものには自分の記憶と共に捨てがたい大事な思いがあることが多いです。

皆さんはお子さんの頃から今も持っているものはありますでしょうか?
きっと忘れ難い思い出の詰まったお品なんでしょうね。

さて今回も引き続き「勇気づけ」について書いていきます。
一番悩まれるのが「褒める」との違いでしょうね。

具体的にその辺りについて書いていきたいと思うのですが、まず褒めることは、相手の能力や勝ち負けに注目して言葉をかけてしまうことになるかと思います。

実際に例を出してみましょう。

会社で急ぎの仕事を頼まれてそれを何とかやり遂げた部下に対して
「君は本当に有能だ。良くできる。」とか「えらい、よくやった。」

これは褒めるですね。

それに対して
「あなたのおかげで助かったよ」とか「君が助けてくれたので、本当に助かったよ。ありがとう。」

これは勇気づけです。

どこが違うかお分かりになりますでしょうか?

上は「仕事そのものに対する評価」
下は「所属するグループ(共同体)への協力や貢献」にフォーカスした言葉です。

賞賛や勝ち負けを目的にしてする行動は不適切ですよね。
そして貢献や協力を目的にしてする行動は適切と言えると思います。

もしもその頼まれた仕事をうまくできなかったとしても、貢献や協力にフォーカスして言葉をかけることを心がけていれば「頑張ってくれたよね。本当にありがとう。」という言葉が出てくると思います。

結果のみに注目すると評価やダメ出しになりますが、協力する姿勢に注目すると出てくる言葉は全く違ったものになるでしょう。

これはお子さんに対して家族に対しても同じです。

お母さんが不在中に雨が降り出して、お子さんが、またはご主人が洗濯物を取り込んでいてくれた。
でも取り込んでいただけでそのままぐちゃぐちゃに置いてある。

さてあなたはなんて声をかけるでしょう。

ぐちゃぐちゃになった洗濯物の結果にフォーカスして言葉を考えてみましょう。

また「取り込んでくれた」という協力と貢献に注目して言葉を考えてみましょう。

おのずとその違いは明らかになることでしょう。どうぞ考えてみてくださいませね。

今回もお読みいただきありがとうございました。