勇気づけライフの勧め174号「考えるのを止める」2017・2・16

おはようございます。アドラー東北の高橋です。
最近白鳥たちが次々に北へ向かって帰り始めています。
今年は春の訪れが早い感じがしますが、皆さんのところはいかがでしょうか?

さて、今日のお題は「考えるのをやめる」です。
えっつ?考えちゃいけないの??と思った方がおられるでしょう。

「考える」
たとえば自分の性格について考える。
で、あれこれ自分のことを分析してみる。

これはやっても仕方がない。
なぜかというと自分のメガネをかけて自分を見ても同じにしか見えないから。。

自分を知りたかったら他者のメガネで見てもらうしかない。
これは以前もメルマガで書いたと思います。

考えてしまう事の目的については「抵抗を生む」「しないようにする」があるかなと思います。

新しい事へのチャレンジについては特にそうです。

人付き合いがうまくできないので、なんとか人と仲良くなりたいと思っても、「自分がどう思われるか」「嫌われるんじゃないか」と考えてしまう。

「恐れを生む」のが考えること。

自分にとって「抵抗」を感じることにチャレンジすることは、「恐れ」を生む。
何が起きるかわからない、自尊心が傷つくかもしれない。。
考えると「やめておこう」になるほうが多い。そしてまた考え続ける。
自分を変えないために考えるといっていいでしょう。

だから新しいことにチャレンジしたいときはできるだけ考えない方がいい。

何かをするときにもしも「抵抗」を感じたなら、それを「する」だけでいい。
一番してはいけないのが考えること。抵抗について考えることだと言えます。

考え始めると「イエス、バット」になりますね。
「やりたいんです。。でも。。(言い訳)」です。

先日こんなご相談がありました。

「どうしても謝りたい人がいて、どうしたらいいんでしょう?」
「なるほど、そのことについて考えているんですね。」

「謝りたい・・・でも、できないんです。」
「そうですよね、でも考えていても前に進みませんよね。苦しいでしょう?」
「はい、すごく苦しいです。」

「考えると苦しいですよね。どうしてできないんでしょうね。」
「どうしてかなあ、なんて相手が言うかわからないからかな。。」

「相手がどう反応するか、もしかしたら怖いのですか?」
「そうですね、怖いです。。」

とまあ、こんな調子でグルグル回ってしまいます。

仕方がないので
「あなたの恐れている事態というのは、どういう事態かしらね。」
「謝っても拒絶されるかも、、聴いてもらえないかも、でしょうか」

「拒絶されたり聞いてもらえないと困るんですね。何か実害がありますか?」
「そういわれれば、その時は傷つくかもしれないけどでも実害ってほどの事はないような気がします。」
「そうね、ご飯を食べられないわけではない。お金をとられるわけでもないでしょう。生きていけないわけでもない。(笑)」

「そうですね。(笑)」

「二つしか選択肢がないと思うんですよ。謝るか謝らないかっていうね。謝らなければこのまま考え続けるでしょう。そしてずっと苦しい。誤ればきっとすっきりする。結果はどうあれ、とりあえず自分の気持ちに区切りはつきますよね。」

「ああ、そうですね。。私できますかねえ?」

「大丈夫よ。初対面の私にいきなり電話をかけてきてこうして自分の悩みを相談する勇気があなたにはあるんだから。これってすごい事でしょう?そう思いませんか?」

「ですよね。。なんか勇気が湧いてきました。思いきって言ってみます。」

グルグル同じところを回っているのは自分がしたいことに対する「抵抗」についてあれこれ考えるからです。

考えている間は一歩踏み出さなくて済むとも言えますが、なんだか同じところを回っているなと感じたら、「考える」ことを止めてただ「アクション」。

これはとても大事なことであると思っています。
そのためにはやはり背中を押す、勇気づけが欠かせないことはいうまでもありません。

長い事私のところに通ってきている人たちであれば「やる?やらない?どっち?」の一言で済む話ですが、キーはやはり「他者にどう思われるか」なんですよね。

この辺は「自尊心」が絡むからやっかいでもあるのですが、他者に嫌われても「あなた自身の価値には全く変わらない。」ということを言いたい気持ちです。

今回もお読みいただきありがとうございます。