勇気づけライフの勧め164号「教科を教えるのではなく教科で教える」2017・1・12

おはようございます。アドラー東北の高橋です。
ようやく大寒を前に冬らしくなってきました。
皆さんのところはいかがでしょう?

今週末・来週末盛岡・仙台会場へお越しになる方はどうぞ気を付けてお出で下さいね。
遅れても構わないので、くれぐれも電車や車の中で焦って走ったりしないようにいたしましょう。私もそうします。(笑)

さて今日のタイトル「教科を教えるのではなく教科で教える」について。
これは学校だけの話ではなく、家庭でも、また私のところに学びに来る方、学ぶ環境にある方すべてに当てはまることです。

わかり易く学校を例にとりますが、学校の目的、教育基本法で目指すところの子供の育成はアドラー心理学の「共同体感覚の育成」に合致することはご理解ただけていると思います。

一応教育基本法の第一章の目的と目標について記しておきます。

 第一章 教育の目的及び理念

(教育の目的)

第一条  教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。


(教育の目標)

第二条  教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一  幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

三  正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

四  生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。

五  伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。


これらの目標は、教える側が「教科」を教えるのではなく「教科を通して」、すなわち「教科で」教えるということになるでしょう。

何を教えるかというと「共同体感覚」ですよね。
簡単に言えば「他者に関心を持つこと」。

であれば「教科」ができても「他者に関心がない」「自分さえよければいい」と思うようであればそれはうまくいっていないという事になります。

アドラー自身はどういう方法を勧めていたかというと、勉強のできる子にはほかの子供たちの勉強を手伝うように言っています。

自分の勉強で精いっぱいでほかの子供のことなど考えられない、人に教えるなんて損だというようなことを考える子もいるかもしれません。

が、ほかの子に教えることでさらに勉強は身につきますし、それだけの能力があるのであれば自分の能力を自分のためにだけ使うのではなく他の人に役立ててもらおうと考えるようだと自分と周りにとって実に建設的だと言えます。

自分だけ良ければという考え方だと成績が悪くなるとその時点で努力を止めたり、勉強をやればできるという可能性の中に生きて努力を放棄してしまうこともあります。

これは大人にとっても同様の事が言えます。

私たちはなぜ学び続けるのでしょう。
学んだことを人様のお役に立てたい、そう思うからではないでしょうか。

きっかけは自分個人の問題だったかもしれませんが、もしも学びを得る中で「これは人様のお役に立てていこう。」と思われる方がおられれば、それは共同体感覚を持てているということになろうかと思います。

いずれにしても学びは楽しいですよね。
知らなかったことを知るというのは本当に楽しいです。

学生の頃は義務で勉強していました。というかさっぱり面白くないのでほとんど勉強をしていませんでした。皆無と言っていいかもしれません。ですから高校や大学をよく卒業できたものだと思っています。

大人になってからでも「学ぶ楽しさ」を知ることができてよかったなと感じています。

「栄養ドリンク」だったり「自分へのご褒美」だったりというつもりで肩の力を抜いてアドラーを学ぶ方が増えてい下さるよう、いらしていただけるようにと思っています。

今回もお読みいただきありがとうございました。