勇気づけライフの勧め161号「よりよく生きるために」(2017・1・1)

あけましておめでとうございます。
今年もアドラー東北をどうぞよろしくお願いいたします。

穏やかな新年をお迎えのことと思います。
こちら岩手も静かな新年の朝を迎えました。

朝の8時から地区の新年会に出かける主人をちょうど見送ったところです。

さて今年は何を自分のテーマにしようかとあれこれ考えていたのですが、「原点に立ち戻り、質(クオリティ)を高める」をテーマにしようと思います。

アドラー人口が増えて情報はあふれるばかりにありますけれど、本当のところどこまで理解されているのかというとはなはだ疑問に感じざるを得ません。

アドラー心理学は使用の心理学であり、用いる用いないは自分で決めていいのですが、中途半端に都合よくつかわれるのは誤解を生む恐れもあり、それは私は望まない。

今までも一定の基準で皆様にクオリティの高いものをとご提供してきたつもりですが、これから先はより「深く」を目指そうと思っています。

いわゆる「嫌われる勇気」から始まったアドラー心理学ブームも昨年秋ぐらいからピークを越した感があり、「本当にアドラーはいいなあ」とか「アドラーが好き」「アドレリアンとして生きたい」という方がどれほど残るかなと推移を見守っています。

今後も悩みを抱えておられる方たちに門戸は開放していきますし、それに加えて、アドラー心理学への好奇心・向学心旺盛な方たちに向けての学びも提供していく事に決めました。

ワクワクして学びを続けたい方はどうぞお楽しみにお待ちくださいませ。

さて「悩んでいる方へ」すなわち「よりよく生きたい方へ」新年のお年玉ヒントを。。

悩んでいる時は、その人特有の「事態を難しくする・難しく考える・うまくいかないパターン」にはまっています。

起こった出来事をシンプルに考えられるときは悩まないで済むのですが、大体悩んでいるときというのは事態を複雑に考え過ぎている傾向があると思われます。

よくあるのは「失敗」に罰や落ち込みなどを自分でくっつけていたりします。

行動についていえば、同じパターンで行動してうまくいかないでいます。

たとえばわが姑。7人兄弟の一番上で子供のころから下の兄弟の世話をせっせとやってきた。

それを結婚して実家を離れてもやっている。
義父やうちの主人、私も含めてどうにも「過保護」「過干渉」が止められない。
全部自分が仕切らないと気が済まない。

時々主人が「キレたり」しています。(^0^;
が、どうして息子がキレるのか姑本人は全く分からないでいると思います。

本人が悩んでいるかいないかはわからないけれど、もしもこういう方がクライアントさんとしてアドレリアンのところ来たと仮定しましょう。

「子どもを自立させたいのだけれども、どうにもこうにも口や手を出したくなって駄目なんですよ。どうしたら子どもに口や手を出さないでいられるでしょう」と言ってきたとします。

子どものころの経験の中にたぶんそのヒントがきっとある。

育った家族関係・兄弟関係の情報の中にその断片は含まれているかもしれないです。
その時の行動パターンをいまだに不具合を感じながら使っている可能性が高い。

「今のあなたのお困りの行動は、相手を変えて子どもの頃にやっていたことをやってる可能性が高いと思うのですがいかがですか?」

ところがそれは残念ながら自分一人ではどうにもわからない。

自分の認知(意味づけ)のメガネをかけてどんなに一生懸命自分でその事態を見、行動を振り返ってみてもわからない。

だから他者の存在、他者の中に入って学ぶことが必要ということになるのです。

他の人のメガネでもって見てもらわないと、どこがどう同じパターンで失敗したりうまくいっていないのかがわからない。

この自分特有のうまくいかないパターンを知っていると役に立つのです。

知っているとまたやりそうになったときに「あ、またこのパターンをやろうとしている。」と気が付くこともでき、別の行動を選択することができます。

他者と関わることは勇気がいりますが、それでも勇気を持って一歩を踏み出せば得るものは自分の予想をはるかに超えて余りあるものがあるのです。

「リスクを負わなければ得られるものはない」ですし
「同じことをしていたら同じ結果しか得られない」のです。

御自分の不具合パターンからの脱却をぜひ測っていただきたいと思います。

今年はクオリティを高め、より深く、、と決めましたので、ご来場いただく皆様との交流がさらに濃くなりそうでとても楽しみにしております。

どうぞ今年もアドラー東北をよろしくお願いいたします。